ヤバイPロダクト屋さん

これヤバイ!と思ったプロダクトを独断で紹介します

TikTokのヤバさは制約にあり

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CMがウザいと言われながらも爆発的にユーザーを伸ばすTikTokという中国初のショートムービーアプリがある。

楽しみ方としては、若い女性や男性が15秒間音楽に合わせて口パクダンスしたものを撮影し、それにエフェクトがかけられて完成した動画を見たり投稿するといった感じである。

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かつてあった6秒動画アプリVineの強化版とイメージすると分かりやすいかもしれない。

(※実のところを言うと、TikTokはmusical.lyという先行サービスをトレースしたアプリであり、しかもトレース元のmusical.lyを買収している…)

TikTokのコンテンツは不快にならないのがヤバイ

TikTokがヤバイのはほとんどのコンテンツは素人が作ってるのに、どれもクオリティが高いことだ。どれもそこらにいる高校生が作っているが、見ていて不快にならない。

この「不快にならない」というのは意外と大事である。たいていの素人が投稿するコンテンツは喋りや声、BGM、照明、カメラ角度、編集などによって何かしら不快になる。

しかしTikTokは例外で、不快にならない。そしてこれは偶然ではなく、意図的に作り出していると僕は思っておりそれがヤバイ。

コンテンツのクオリティを制約によって担保した

TikTokの動画は先ほど「音楽に合わせて口パクダンス」と書いたように、POPを始めとするイケてる音楽をバックに流している。

一部、自らの歌や声を使うユーザーもいるが、大半はすでに用意されたたくさんのイケてる音楽の中から選び、それに合わせた動画を作って投稿している。

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(動画作成時の音楽を選べる画面)

ゆえに、アプリ内で聞こえる音のほとんどはそうしたイケてる音楽で、素人の喋りや声、BGMは耳に入ってこない。

素人による不快な音が耳に入らないということは、少なくともTikTok内において聴覚が得る情報によって不快にはならないということである。

「イケてる音楽」を既に用意しておいてそれを使用する動画フォーマットにしておくことで、僕たちの耳に入ってくるのは、耳馴染みがあったり聴き心地の良いプロが作った音楽になる。

つまりサービス側によって、僕たちの聴覚に入る情報を制御している。

そしてどれほど聴覚から情報を得ているかというと、五感のうち7~11%であり、85%近く占める視覚に次いで2番目に多いとされる。

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一見10%の情報量と聞くと少なく感じてしまう。だがそれよりもっと少ない情報量の嗅覚ですら、ちょっとクサい匂いがすると不快になる事を思えば、10%の聴覚は不快になるかをかなり大きく左右していることが理解できる。

そうつまり、TikTokは他の動画投稿サービスが自由に音を付けられるのに対して、音にあえて制約を設けることによって不快になる確率をサービス側で抑えているのがヤバイのだ。

今までとの違いは?

日本のmixChannelというサービスも口パクダンス動画という点ではTikTokと近い側面がある。

しかしUIを見れば一目瞭然だが、TikTokはなるべくアプリ内から音楽を選ばせようとしているのに対して、mixChannelはユーザーに用意させるように促している。

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大量の音楽があるTikTok

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アプリ内にはほぼ無く、ユーザーに用意させるmixChannel

音楽に対する捉え方が全く違うのが分かるはずだ。さらにmixChannelのUIを見ると、「アフレコする/うたう」や「うたを撮影する」という機能が用意されていて、制約を作らずに自由度を確保しにいっていることも見て取れる。

このように同じ口パクダンス動画を扱っていても、実態は異なっており、TikTokの方がより口パクダンス動画にフォーカスし、その為の制約を設けている。

まとめ

僕はTikTokの最大のポイントはこれまで述べてきた音の制約だと考えているが、他にも良い点がある。

そのひとつ「15秒の時間的制約」は、離脱する前に見終える&15秒なら素人でも高いクオリティを出せるといった効果をもたらす。

「手軽に付けられるエフェクト」は、SNOWのような小顔効果から、動画的なカッコいいエフェクトまであり、様々な表現ができることで、よりリッチなコンテンツになる。

これらがさらに価値を生み、TikTokをよりヤバイものにしている。

そして忘れてはいけないのが、こうした不快要素を取り除く設計より何よりも、それがワークしていることに猛烈にヤバみを感じざるを得ない。

インスタメディア「古着女子」はただのメディアじゃない

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古着をオシャレに着こなす女子たちのコーデ写真がズラリと投稿されているフォロワー14万を誇る「古着女子」というインスタアカウントがある。

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古着女子を一言でいうなら、古着画像のキュレーションだが、ただのキュレーションではない。

今ではなんと、古着女子に取り上げられたいオシャレな女性たちがこぞって「#furuzyo」タグを付けて画像をアップしており、一種の”コミュニティ”になっているからだ。

古着女子がヤバイのはコミュニティブランドであること

そんな古着女子は独自のコンセプトショップ「イチゴイチエ」を始めようとしている。

そして、このショップのプロデューサー、モデル、スタッフにはファッションの専門家ではなく、古着女子に掲載された事のある一般のInstagramユーザーを抜擢するという。

つまり古着女子好きのユーザー、古着女子コミュニティと一緒にショップ作り、ブランド作りをするチャレンジである。

僕はこのコミュニティと共にショップ作りをしようとする試みにヤバさとエモさを感じた。

ユーザーが買うのは機能ではなく、愛

古着女子は先ほど書いたようにもはや単なるメディアではなく、コミュニティだ。

そして古着女子がはじめるコンセプトショップは単なるショップではなく、コミュニティと連動するショップである。

つまり、コンセプトショップ「イチゴイチエ」はコミュニティと一緒に作り、コミュニティに向けて販売するモデルと捉えられる。

そうした古着女子のモデルは、みんなでお揃いのTシャツを着て文化祭の用意をして、それを自分たちで鑑賞することを思い出させる。

青春のエモい1ページだ。では僕たちが文化祭やお揃いのTシャツに求めるものは何か。

おいしい出店や感動の劇、カッコいいTシャツといった高いクオリティだろうか。

いや違う。求めるのは自分も参加してるんだという共同体の一員としての感覚、すなわち愛ではないだろうか。

古着女子が展開するイチゴイチエはまさにそれを売っている。

単に服を売るのではない。みんなで作り上げて、それを買うことで一員としての感覚を手に入れること。それに対してお金を払うのだ。

これはエルメスなどのブランド品とも違う。確固たるコミュニティと密に結合した新しいスタイルのブランドである。

もちろん古着女子はセンスも良いだろうが、本質はそこではない。

機能や品質で買うのではなく、愛で買ってしまう点が僕はヤバイと思うのだ。

古着女子はZOZOカルチャーへのカウンターカルチャー

このように古着女子は単なる機能性や、そのセンスを最大の売りにしているわけではなく、コミュニティ性を売りにしている。

一方この丁度反対には、ZOZOやユニクロがある。

サイズの概念を覆したZOZOスーツはクールだし、繊維技術をふんだんに盛り込んだヒートテックは寒い冬には欠かせない。

こうしたブランドは圧倒的な機能性やユーザー体験を提供しており、これからのトレンドだろう。

だが、そうした先進的なカルチャーばかりだと飽きてしまうのが人間だ。

その飽きた人たちのニーズとしてエモいカルチャーが求められ、古着女子は成立しうるのではないかと思った。

まとめ

このように古着女子は、単なる品質ではなくコミュニティをもとにしたブランドによって欲しくなっちゃう点がヤバイ。

だがもちろんZOZOもヤバイ。

両方ともヤバイのは間違いないので、これからは脳としての機能的快感が欲しければZOZOを買えばいいし、心情としてのエモい快感が欲しければ古着女子を買えばよいといった感じに2極化が進んでいきそうである。

あるカルチャーが先鋭化していくと、そのカウンターカルチャーは成長産業になるのかもしれないと古着女子を見ていて思った。